アナザーラウンド(ネタバレあり)

冴えない中年の男性教師たちが血中アルコール濃度を0.5%を保つことで気分を上向かせて、これまでと違う日々を歩もうとする話。何となく想像できたように途中でアルコール濃度を制限することをやめ、極限まで飲むことでそれぞれが人生を決定的に破綻させてしまう。マーティンは家族にあたってしまい、別居に。トニーはアルコール依存症から抜け出せなくなってしまう。
でも主人公たちはそういう失敗を糧にしながら、単に現実逃避するのではなく、現実の人生をどのように楽しむことができるか理解していく過程がとても良かった。
途中に出てくる「人生は期待通りにいかない」や、最後に出てくる「5年後は未知の世界」「今を楽しもう」という言葉が良く表していたと思う。今を楽しむことは退廃的に享楽的になることとは違う。自分にとって心から大事にしたいと思うことをしっかり大切にすること。マーティンが家族との時間を大切にしたいと思いながらつい、お酒を上限まで飲む企画に参加してしまい、結局余計に家族との関係を悪化させてしまって後悔していたように。
 
「ドラッグやお酒に依存するなんて情けない、駄目な人間」と切り捨てる風潮はあるが、現実はほとんどの人にとって苦しい。それでも、周囲の人から見てちっぽけでも本人が勇気を出して向き合うと思ったより事態は好転するし、それは客観的な成果のようなものではなくて、本人が楽しめているかどうかで決まることを上手く描いていたと感じた。
そういう風になるために、本作で主人公たちを後押ししてくれたのがお酒だったが、他の人の手助けだったり何でも良いのだと思う。
 
冒頭で「マーティンは真面目すぎるよ」と言われるが、それはお酒を飲まないことだけでない。もっと肩の力を抜いて良い、失敗しても良い、思った人生と違っても良い、自分の不完全性を受け入れて前に進んでいく道を楽しむことができるかが大事。
マーティンは優秀な研究者になれるはずだったが家族の事情を優先して高校教師になったらしいことが推察されたが、違ったかもしれない人生や上手く行かないことをくよくよ考えずに、今の一瞬を楽しむことができれば良いのだと思う。別に人生にストーリーなんか必要ない。そんなものほとんどの人にないしそれで良い。世界の広さや長い歴史からみたら、ちょっと日本で成功していたってちっぽけすぎて大差ない。アル中のトニーだってメガネ坊やに勇気を与える大事な人になれるし、マーティンだって生徒にとって大事な教師になれる。あまりに平凡で一見駄目なおじさんたちを主人公にしてお酒を後押しのきっかけにすることで、安易な"共感"に頼らず、自己の不完全性に向き合うことと今を楽しむことの大事さを伝えてきた点がとても良かった。少年の君も同じ方向で好きだったけど、ややマイナスポイントがあった一方、劇中曲も含めアナザーラウンドは個人的には好きだった。