犬ヶ島感想(ネタバレ含む)

まずストップモーションとは思えない映像の滑らかさに目を見張った。お寿司を作るシーン、相撲のシーン、犬の毛並み、ナツメグの芸等など。舞台は長崎市と思わしき町で、独裁者である小林という人物が政治を仕切っている。小林は犬を非常に嫌っており、様々な手を使い犬および親犬派を追放しようとする。

 

面白かったのは、節々に実際の出来事を想起させるような隠喩や描写が散りばめられていたこと。例えば、ロボット犬を開発する大臣が明らかに軍閥であること、トレイシーがメーデーを彷彿とさせるような発言をしていることなど。非常に技術の発達した社会であることを思わせるような描写と、白黒テレビだったり市長が古めかしい湯船に入っていたりと時代設定は謎。後者はどちらかというとオリエンタリズムが色濃く反映されている気もするが、市長の演説スタイルやプロパガンダの文字のフォント含め、第二次世界大戦前の全体主義を想起させる描写になっており、一概にオリエンタリズムと批判するのも良くないと思った。

 

むしろああいう描き方をすることで、直接扱っている例は話す犬という極端なものにも関わらず、特定の集団を政治的に追いやり抹殺する人間社会の側面と結びつけやすく話に入り込みやすくしてくれたと思う。とはいえ、人間社会側で犬の抹殺に声を挙げる人物がアメリカ人の白人留学生というのはどうなんだろう...というかそうすべき必然性はなかったのではないかと思わなくもないが、それもまた全体主義の閉じた空気感を描くには良かったのかもしれないと感じた。

 

市長が"Respect"と言いながらも、冷淡にも強制帰国を命じるシーンは思わず有り得そうと頷いてしまった。さらに対照的に主人公となる犬5匹の決め方が印象的だった。恐らく5匹の中でチーフが最も力が強く生存能力も高いのだろうが、あくまでも決定は多数決でやっており、それに対してチーフも従う姿が見事なコントラストになっていたと思う。小林市長は"Respect"と言って、親犬派の渡辺教授にも発言権を与えるが、その言葉とは裏腹に狡猾にも殺害を企てていく。まさに一見民衆の味方と思えて自分の権力欲を満たすことしか考えていない、民主主義制度を利用しながら乗っ取っていく独裁者の特徴を捉えていてとても良かった。

 

極めつけは最後で、小林アタリが市長になったのち、犬の厳罰化を議論する際に死刑などの極論に左右されずに穏当な決定をするところにも表れていた。スピーチで(今回は俳句)世論や政治的リーダーの心が変わり虐殺に終止符が打たれるということは実際にある話なので良いが、なぜあれだけ腐敗した社会で過去の政治的リーダーがきちんと訴追されるのか(訴追されて初めてアタリが市長になれるので)などはよくわらかず雑と言えば雑だが、全体的にエンタメとして観るべきものだと思うのでそこまで求めるのは酷かもしれない。いずれにしても、犬の会話などエンタメとして面白い要素が十分にあった上で、設定もあまりにも理解できないものではなく、むしろ要所要所は抑えたものになっていたので最後まで楽しく観ることができたと思う。